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イマをハックする

キンコン西野さん提唱の『信用経済2.0』から見える、価値観の再構築に取り組む実業家たち

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キンコン西野さんが興味深い投稿をしていました

lineblog.me

貨幣が媒介物となって取引が行われる『貨幣経済』から、信用を担保に取引が行われるようになる『信用経済』に移行しつつある、という内容です。

貨幣経済が一段と進んで、小切手・手形・株式社債などが広く流通し、信用が経済生活の中で大きな役割を果たしている経済。→自然経済 →貨幣経済 ‐goo辞書『信用経済』

この「お金と信用の話」は堀江貴文さんも数年前から様々なメディアを通じて話しており、最近の実業家の間で「お金と信用の関係性」はひとつのテーマになっているように見えます。

さらに興味深いのは、西野さんは記事の最後で「信用度を測るものさしが必要」と説いていることです。

イマの新進気鋭の実業家の間でお金が話題になり、また価値を測るものさしの再構築の必要性にすらに迫られているのは特筆すべき点だといえるでしょう。

お金と信用の距離を近づけるSNSサービス

つい最近の話とかではなく、年単位の時間をかけて様々な実業家がお金と信用の距離を近づけるサービスをリリースしています。

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2011年に設立されたクラウドワークスは、登録している発注側・受注側の評価が「ありがとう数」や「スター数」で一目でわかる仕組みになっています。

同じく2011年に設立されたCAMPFIREはプロジェクトに対し出資を募るクラウドファンティングサービスなのですが、素晴らしいプレゼン等で「信用」を勝ち取る必要があります。

2016年に設立されたVALUは、上場した登録者のSNSサービスのフォロワー数によって時価総額が決まり、その後も信用度と価格が連動する仕組みになっています。

また、つい先日(2017年8月10日)にCAMPFIREがリリースしたpolcaも個人の持つ独創性や共感を呼ぶ企画等、広い意味での「信用」がキーワードになっています。

換金されない「働き」を救い上げようとしてるのではないか

堀江貴文さんをはじめ、多くの実業家が「お金と信用の関係性」について考えていますが、「信用」はさらに「働き」に具体化することができます。

  • お金→信用→働き

「お金の正体が働き」というのは国の経済力を測る指標としてGDP(国内総生産)が用いられていることからも明らかです。

しかし、働きは全てお金に変換できるかというと残念ながらそうでは無いのが現状です。

例を挙げれば無限にあるのですが、アニメーターの薄給激務問題なんて「働き」がお金に変換できていない典型的な例ですよね。

かなり雑ですが、お金→信用→働きはザックリとこのような図で示せると考えています。

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線が見えにくくて恐縮なのですが、外側から働き→信用→お金と小さくなっていきます。

まず、働きは「信用に結び付くもの」と「信用に結びつかないもの」と2種類あります。

例えば、重い荷物を「大丈夫ですか」と運ぶ手伝いをしてくれたら、「親切な人だなぁ」と信用に結び付きますし、またバイクの暴走運転も「働き」の1つですが、一般的に迷惑なだけで信用には結び付きません。

次に、信用も「お金に結び付くもの」と「お金に結び付かないもの」と2種類あります。

例えば、営業の仕事で成果を挙げることはお金に結び付きますが、手伝いで重い荷物を運ぶことは一般的にお金に結び付くものではありません。

お金の正体は信用であり、もっと深掘ると「働き」なのですが、世の中にはお金として変換されていない、取りこぼしている働きが多くあるのです。

とりわけ、アニメーター等芸術分野の働きは既存の社会制度では貢献度の割にほとんどお金に変換できていないのですが、この現状に一石を投じようとしているのCAMPFIREであり、VALUであり、polkaだと思います。

今、新進気鋭の実業家たちが熱心に取り組んでいることは、お金に変換できていない働きを既存のルートとは別で救い上げようとしていると解釈できるのではないでしょうか。

信用のパイを巨大化しようとしている

 これはあまり根拠の無い意見になるのですが、僕は今の実業家たちがお金という虚像の代わりに、信用という虚像を育てようとしているのではないか、と思っています。

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そもそも、お金は「働き」を数値化したものですが、この数値は神が決めた神聖かつ絶対的なものではなく、人間が作り上げた人工的なもので「数値の大きい働き」も「数値の小さい働き」も絶対的な真実ではなく、いってしまえば虚像なのです。

そしてお金と働きの間に入る「信用」ですが、これは最近の実業家たちの偉大な発明だと思っています。

先ほど「お金の正体は働き」と書いたのですが、これは新しい意見でも何でもなくて、1993年には内閣府がGDPを経済指標として採用しており、それ以前にもGNPが使われており、一貫して「お金の正体は働き」です。

最近になって、「お金の正体は信用」という言葉が広まっていきましたが、この現象が凄いのは、働き→お金という直線の間に、(信用)という言葉をいれることで、直線のままでは換金できない「働き」を救い上げたことです。

よく考えてみると、お金と働きの間に信用を入れる必要性なんて特にないのです。

しかし、お金と働きの間に信用を間に入れることで、それまで直線的にお金に結び付かなかった働きの前に、「信用に変換できる働き」という全く新しい要素が出現します。

この「信用」という発明がエグイのは、言葉の解釈がいくらでも拡大可能であり、そのため換金できるルートを何本も増やせるということです。

お金に変換できる働きは、「資本主義的に役に立つ/役に立たない」という基準でバッサリと2つに分けることができます。

一方で、信用に変換できる働き・お金に変換できる信用は、資本主義的に考えるだけでは判断できず、ハンドルを生むのです。

そして今の実業家が取り組んでいることは、「信用」というお金と働きの間に突然現れた概念を持ち上げ、「信用は大事なものある」とすることで、働き→お金の思考回路では換金できなかった働きを、働き→信用→お金という新しいルートで救おうとしていると解せます。

この価値観の再構築は、まさしく革命といえますし、「信用」が今後も持ち上げ続けられることで、人々の潜在意識から革命は進行していくでしょう。

とてもワクワクする話です。